まだプロフィールが
なかった時代、
メールアドレスが
自分を語っていた。

ソーシャルメディアのプロフィール写真も、フォロワー数も、 自己紹介欄も、まだ多くの人の日常ではなかった時代。 インターネット上で自分を表すもののひとつが、メールアドレスでした。

Jmailは、その小さな文字列に、もう少し自由を与えようとしたサービスでした。

昔、メールアドレスはもっと個人的でした。

今、メールアドレスは多くの場合、実用品です。 仕事で使うもの。 ログインに使うもの。 買い物の確認に使うもの。 パスワードを再設定するために必要なもの。

便利ではあります。 しかし、そこに強い感情を持つことは少なくなりました。 多くの人にとって、メールアドレスは「あるもの」であり、 何かを表現するための場所ではなくなっています。

けれど、インターネットの初期には違いました。 はじめて自分で選んだオンライン上の名前。 誰かに教えると少し得意になる文字列。 名刺に書くと、少し未来の人になったような気がする記号。

メールアドレスは、連絡先である前に、
小さな自己紹介でした。

名前を選ぶ

@ の前に何を書くか。 本名にするのか、ニックネームにするのか、好きな言葉にするのか。 それだけでも、当時は小さな決断でした。

住所を選ぶ

Jmailでは、@ の後ろも選ぶことができました。 そのドメインが、メールアドレス全体の雰囲気を決めました。

誰かに伝える

メールアドレスは、自分だけのものではありません。 誰かに伝えた瞬間、そこに自分の印象が生まれました。

Jmailは、メールアドレスの「後ろ半分」に自由を置きました。

多くのメールサービスでは、利用者が選べるのは @ の前だけです。 しかし、Jmailの個性は、@ の後ろにもありました。 複数の .co.jp ドメインから、利用者が自分に合うものを選べる。 そのことが、Jmailを単なる無料メールとは違うものにしていました。

たとえば、映画が好きなら hollywood.co.jp。 日本らしさを持ちたいなら japan.co.jp。 相撲の大きな響きが好きなら yokozuna.co.jp。 西海岸への憧れがあるなら california.co.jp。 未来のインターネットに住んでいる気分なら cyberspace.co.jp。

それは、今でいうプロフィール名やユーザーIDに近いものだったかもしれません。 しかし、当時はもっと素朴で、もっと少しだけ秘密めいていました。 メールアドレスは、受信箱であると同時に、自分だけの表札でした。

@japan.co.jp @hollywood.co.jp @yokozuna.co.jp @california.co.jp @cyberspace.co.jp @moon.co.jp @sushi.co.jp @venture.co.jp @badboy.co.jp @princess.co.jp

たとえば

映画好きの住所

hollywood.co.jp を選ぶことは、映画が好きだという小さな宣言でした。 メールアドレスの中に、少しだけステージライトがありました。

たとえば

日本らしさの住所

japan.co.jp や nihongo.co.jp は、日本という言葉や日本語の響きを、 メールアドレスの中に持つことができる住所でした。

たとえば

遊び心の住所

badboy.co.jp、badgirl.co.jp、prince.co.jp、princess.co.jp。 こうしたドメインには、初期インターネットの自由な冗談がありました。

たとえば

未来に住む住所

cyberspace.co.jp や website.co.jp には、 インターネットそのものがまだ未来だった頃の空気が残っています。

人は、まだ「プロフィール」を持っていませんでした。

現在、インターネット上の自分は、多くの部品で作られています。 アイコン、プロフィール写真、自己紹介文、投稿、フォロー、フォロワー、 いいね、コメント、履歴、検索結果。

しかし、Jmailが生まれた頃、多くの人にとってオンライン上の自分は、 もっと小さく、もっと文字だけの存在でした。 その中心に、メールアドレスがありました。

自分のホームページを持っている人はまだ限られていました。 ブログも、SNSも、動画チャンネルも、日常のものではありませんでした。 だから、メールアドレスは重要でした。

メールアドレスは、相手に渡す最初のデジタルな名刺でした。 そこに何を書くか。 どんな響きにするか。 どのドメインを選ぶか。 それは、今よりもずっと個人的な選択でした。

まだ誰も「プロフィール」と呼んでいなかったころ、
メールアドレスがその役目を少しだけ果たしていました。

名刺

仕事の顔

メールアドレスは、仕事相手に渡す新しい連絡先でした。 そのドメインには、時に信頼感や先進性が求められました。

友人

遊びの顔

友人に教えるメールアドレスには、少しふざけた名前や好きなものを入れることができました。 そこに気軽な楽しさがありました。

自分

まだ説明できない顔

自分でもまだ言葉にできない憧れや気分を、 メールアドレスだけが少し先に表してくれることもありました。

Jmailの自由は、小さかった。でも、その小ささがよかった。

Jmailで選べる自由は、今のインターネットの巨大な自由と比べれば小さなものです。 動画を投稿できるわけでも、世界中にリアルタイムで発信できるわけでもありません。 できることは、メールアドレスを作ることでした。

しかし、その小さな自由には力がありました。 どのドメインを選ぼうか。 自分の名前はもう取られているだろうか。 少し面白い名前にしようか。 それとも、ちゃんとした名前にしようか。

その迷いは、利用者がインターネット上に自分の場所を作る最初の瞬間でした。 Jmailは、その瞬間を提供していました。

だからこそ、Jmailが最後まで守れなかったものは、単なるメール機能ではありません。 そこには、利用者の皆さまが選んだ名前と住所がありました。

選んでくださった住所を、守りきれませんでした。

Jmailのドメインとメールアドレスには、たくさんの可能性がありました。 その可能性を面白いと思い、実際にアドレスを作ってくださった方々がいました。

その住所を、最後まで守りきることができませんでした。 十分な説明も、十分な移行の時間も、十分な別れの言葉も届けられませんでした。

Jmailの「自分らしさ」を信じてくださった皆さまに、心からお詫びします。

Bradley L. Bartz Jmail.co.jp 創業者 Internet Access Center K.K.

メールアドレスの記憶は、インターネット史の端にあります。

インターネットの歴史は、巨大な会社、巨大なサービス、巨大な技術革新として語られがちです。 しかし、普通の利用者にとってのインターネットの歴史は、もっと小さな場面でできています。

はじめてメールを受け取ったこと。 返信が来るのを待ったこと。 自分のアドレスを紙に書いて渡したこと。 文字化けして困ったこと。 パスワードを忘れたこと。 もう使えなくなったアドレスを、今でもなぜか覚えていること。

Jmail.co.jpは、そうした小さな記憶も、インターネット史の一部だと考えます。 だから、ここに残します。 成功談だけではなく、未熟さと謝罪も含めて。

メールアドレスは消えても、
それを選んだ時間は、確かにありました。

この背景にある本

Jmailの物語は、『Japan.co.jp — Hardhat Required』の中に記録されています。

本の第16章「The Jmail Phoenix」には、 Jmailがどのように生まれ、なぜ複数の .co.jp ドメインを使う無料メールサービスとして始まったのかが記されています。

このサイトでは、その発想の面白さだけでなく、 そのメールアドレスを使ってくださった皆さまへの責任も記録します。

起業の物語を読む
Bradley Lawrence Bartz 著『Japan.co.jp — Hardhat Required』表紙

住所

ドメイン一覧

Jmailの背景にあった .co.jp ドメイン群を記録します。

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仕組み

Jmailとは

Jmailがどのようなメールサービスだったのかを説明します。

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謝罪

ごめんなさい

Jmailを使ってくださった皆さまへの謝罪文です。

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